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プロフェッショナルに訊く 第11回 化学物質管理者向け⾷品⼯場における薬剤管理

1. はじめに

食品衛生法改正に伴うHACCP制度化や生活様式の変化もあり、ここ数年の食中毒発生件数及び患者数は減少傾向にあります(表1)。その一方で、原材料の高騰や労働力不足など食品製造を取り巻く環境は厳しさを増しています。また、SNSの普及に伴うリスク管理や従業員の多国籍化によるコミュニケーションのあり方など、経営や管理の判断が求められる局面は多岐に渡ります。そんな中で、もしも食品製造の現場管理が疎かになり、不幸にも食品事故を起こしてしまうと、企業の存続を脅かす大きな問題に発展しかねないことは言うまでもありません。

〈 表1 食中毒発生状況の推移 〉

HACCPではハザード(危害要因)を、「物理的ハザード」「生物学的ハザード」「化学的ハザード」の3つに分類して分析します。食中毒菌や寄生虫に代表される「生物学的ハザード」や金属片や骨などの「物理的ハザード」については、これまで様々な研究や考察が重ねられ、管理手法の確立や除去装置の開発が進んできました。特に金属探知機やX線異物検出機は、性能・デザイン・メンテナンスサービスの向上により、食品製造現場では当たり前の存在になりつつあります。
一方、「化学的ハザード」は、「素材そのものに存在する物質」と「食品製造現場に由来するもの」に大別できます(表2)。食品製造現場には様々な化学物質が保管され、日々使用されています。保存料や乳化剤のような食品添加物の他に、機械器具用の洗浄剤や殺菌剤、オイルやインクなど多種多様なものが存在しているのではないでしょうか(表3)。現場監査などで食品製造現場を訪れると、原材料として使用する食品添加物などは、使用期限内の消費を確実に行うための在庫管理や、取り違いを防ぐための配置の明確化など、工夫を凝らした管理が行われています。しかし、原材料以外の化学物質(洗浄剤、殺菌剤、オイル、グリス、インク、殺虫剤など)は、どちらかと言えばずさんな管理になりがちで、棚の奥から正体不明の液体として発掘されることもしばしばです。これら化学物質の管理が不適切だと、異味異臭のような品質クレームや食中毒事故に繋がる可能性がきわめて高くなります。したがって、食品製造現場では、最低限これら化学物質を混入させないようにしなければなりません。今回は、「化学的ハザード」の中でも「食品製造現場における原材料以外の化学物質」の管理について、考え方やポイントを解説します。

〈 表2 化学的ハザード 〉

〈 表3 食品製造現場で使用されている化学物質(一例) 〉

2. 使用する化学物質の把握と選定

食品製造現場では様々な目的で多種類の化学物質を使用しています。しかし、使用している化学物質の種類や対象などを正確に把握できているとは限りません。先程も触れましたが、よくわからない、管理者側が把握していない化学物質は存在していないでしょうか。
サンプルとしてメーカーから入手した、購入したが使うタイミングをなくしてそのままになっていた、など事情は様々ですが、把握していない化学物質の存在は極めて危険な状態です。なぜなら、万が一、製品に混入したとしても、存在が認識されていないために化学物質の資料(取扱説明書やSDSなど)を所持しておらず、原因究明や対応が後手に回る可能性があるからです。現在使用している化学物質を把握するために、表4に示すような「化学物質リスト」の作成をおすすめします。

〈 表4 化学物質リスト 〉

3. 「化学物質リスト」の作成と活用

①現場で使用している化学物質をリストアップ

化学物質リストの項目は、化学物質の名称、分類(例:洗剤、殺菌剤、グリスなど)、仕入先、容量、用途、保管場所、保管責任者、毒劇物指定か否か、注意事項などが必要です。このリストアップは決して机上だけでは行わず、現場の協力を仰ぎながら実際の現場で確認しながら行うべきです。また、リストだけでなく、保管場所や実際に使用する場所などを工場の施設図面に落とし込むことで、その後の管理にも役立てることができます。

②化学物質の種類を絞り込む

化学物質リストは単に存在する化学物質を把握することだけが目的ではありません。リスト化することにより、用途、あるいは期待する効果が同じであるにもかかわらず、複数の化学物質が存在していることに気付くきっかけにもなります。化学物質の種類は少ないほうが管理しやすいのは明白ですので、目的や効果が類似するのであれば、できるだけ種類を絞り込んでしまうことがリストアップのもうひとつの目的です。

③安全性・使用方法を確認する

使用する化学物質の把握と選定ができたら、次に必要なことは安全性の確認です。そのためには、使用する化学物質の安全データシート(SDS)と取扱説明書(製品ラベルでも可)を入手しなければなりません。これらは、化学物質の購入先やメーカーに問い合わせればすぐに入手可能です。
入手したSDSや取扱説明書から、下記のような内容を確認しなければなりません。

また、自分たちで使用する化学物質の安全性は確認していても、害虫駆除や清掃などを委託した業者が使用する化学物質を確認していないケースは良く見受けられます。「外部の専門家に任せているから…」ではなく、食品製造現場で使用される化学物質については、安全性や用法用量などを確認しなければなりません。

④受け入れ基準を決める

食品製造現場では、原材料に受け入れ基準を設けて確認していることは多いのですが、化学物質の受け入れにはあまり注意を払っていないと感じるケースがあります。例えば、見た目やラベルが似ていても中身が異なる(例:次亜塩素酸Naの濃度違いなど)ものもあるため、受け入れ時に発注したものが間違いなく届いているかの確認が必要です。その他、外装に破損がないか、漏れていないかなど基本的な確認事項は化学物質についても行うべきです。

4. 担当者への教育

①ポイントとなる管理の担当者を選定

保管管理や小分け・希釈の担当者、購買責任者など、化学物質の管理上、ポイントとなる部分を担当する取扱者は制限するべきです。保管方法や希釈倍率などは化学物質の種類によって異なるため、不特定多数の人間が携わると、間違えてしまう確率が高くなるからです。
例えば、希釈をミスする、あるいは効果があると誤解して濃くしてしまうことはよくありがちで、その原因のひとつとして担当者が決まっていないケースが見受けられます。したがって、ポイントになる管理の担当者を制限し、しっかりと教育することが重要となります。取扱者を制限することによって、間違いが起きにくいということだけではなく、セキュリティーの向上も望めるうえに、異常が発生した場合(例:化学物質の在庫が通常より以上に早く減ったなど)に素早い状況把握と改善措置をとることができるようになります。

②担当者への教育

化学物質の取扱者には、受け入れ基準・識別・保管・小分けや希釈・定位置管理などは、なぜそうしないと(あるいは、なぜそうしては)いけないのかという理由も含めて教育し、理解させることが必要です。また、取り扱っている化学物質にかかわる法令や異常が発生した場合の対応方法についても教育しておかなければなりません。さらに、化学物質の種類によっては、間違って目や口に入れてしまったり、素肌に付着することで体調不良や炎症などに繋がることもあります。取扱者自身の安全を守る意味からも、教育は大変重要です。

③保管管理と使用量の管理

化学物質の中には法令で「毒物」、「劇薬」、「劇物」に指定されているものがあります。これらはさらに法令で、「施錠できる保管場所に保存する」ことと「使用量と残量の記録」が定められています。
法令による管理規制のない化学物質は、他の備品などと同じように定位置管理を行い、「なくなったことがすぐにわかる」ようにしておくことが必要です。さらにその定位置は、問題が起こらない場所にしておかなければなりません。例えば、食品と化学物質とは距離をとって(できれば隔離して)置かなければなりませんし、当然、高い場所や不安定なところを保管場所にするべきではありません。使用量をチェックすることもおすすめします。はじめは数ミリリットル単位の使用量ではなく、ボトルや一缶などの単位から始めても構いません。使用量のチェックをすることによって、化学物質の誤使用や在庫の増減の異常などを把握することができ、副次的な効果として、コストの見直しにも役立つ場合があります。

④誤使用防止のコツ

化学物質を使用するとき、小分けや希釈をすることが多いため、元々の容器ではなく、小分けの容器やボトルを使用することになります。この小分け容器への内容物表示が必要不可欠となります。
よく内容物表示が施されていない現場でヒアリングをすると、「表示がなくても、その場の担当者は内容物がわかっている」といった答えが返ってきますが、それでは管理が不十分であると言わざるを得ません。過去には、ペットボトルに移し替えた殺菌剤や殺虫剤を誤飲して重症化した事例もあります。多くの人が働く食品製造現場であれば、尚更です。
小分け容器への表示は、はがれやすい、直接書いてもすぐに消えるなどの問題があることは確かです。そのため、食品製造現場では、「内容物別に容器の色分け(カラーコード)をする」、「内容物別に容器の形状を決めておく」、「専用の小分け用ボトル(ラベルがはがれにくくなっているものが多い)を使用する」などの工夫をしているところが増えてきました。

5. 化学物質の管理についての現場点検

これまで述べてきたような管理を決めた(ルール化)としても、製造現場がその通りに行っていなければ意味がありません。したがって、次の目的に応じた現場点検を実施しましょう。
①化学物質の管理をルール通り行っているか。(順守確認)
②ルールで期待している効果が表れているか。(効果判定)

しかし、わざわざ化学物質の管理を見るためだけに点検を行うのもあまり効率的ではないので、通常の衛生監査や労働安全パトロールに合わせて実施するとよいでしょう。「化学物質リスト」(表4)にある点検項目もあくまで一例です。この項目や方法にとらわれる必要はありません。
化学物質の管理は「どこまで実施すべきか」が難しいものです。本稿を参考に、対外的に「説明ができる」管理を目指しましょう。